藤原の道長という人物は相次いで逝った寛子、嬉子の二人の娘を思う度、疫病にかかって衰弱していた体が一層重くなってい逝ったという。 そして九体の阿弥陀仏向かって臥し念仏を唱えた。 願いも虚しく3日ごに行き絶えたと見えたが、死んだはずの体はいつまでも冷えず、周りでは死を決められなかったという。 10年前の父は死んでも硬直が起こらず、指を組む作業も楽であった事を思い出します。 父は般若心経を絶えず唱える日々を送っていた事を思い出します。 本当に当時、不思議なほど指が自由に折り曲げが出来ていて、不思議でした。
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